高齢者住宅に必要な要素とは

人が集まれる家にしたい

高齢化したときに陥ってしまうことのひとつに、「外出しなくなる」ということが挙げられます。体力的な衰えと、なによりも「気力」が萎えてしまうと、よほどの用事がなければ外出するようなことが少なくなってしまうのです。誰とも会わなくなってしまうと、さまざまな「関係」から疎遠になってしまうのです。

高齢者の深刻な問題のひとつに「孤独」というものがあります。伴侶を亡くし、肉親も遠くにいて、なかなか会いにこれない。日々の買い物のために決まったお店などにはいくものの、そこには特に知り合いはいない。親しい友人なども皆それぞれの状況があり、会うこともままならないというような状態です。

「精神」というのは時には「肉体」の限界を超えた力を引き出すことがあります。それどころか、精神が衰えると肉体の衰えが加速されるようなこともあります。「豊かで健康的な暮らし」は、「健康的な肉体」と「健全な精神」によってもたらされるものです。「孤独」は、その「精神」を蝕むものです。状況的には「なんでもひとりでできる。自分の世話は自分で行う」というような状況でも、孤独でいるとだんだんと精神が正常でいられなくなります。「ひとりに慣れているから」ということでも、「万が一」の状況を誰が気づいてくれるのか、ということや身体に明らかな不調が見られても無理をしてしまうのではないかという懸念があります。ですから、「ひとり」で居続けることはなるべく避けたいのです。

自然と「ひとが集まる家」というのは地域にあるものです。その家の持ち主が特に何をしているわけでもなく、住宅の環境が「集まる」こと、「団欒の場」として向いているというような場合、なにかのきっかけでその家がコミュニティの中心として機能しだす場合があります。近所の酒屋さんが配達のついでに立ち寄って、気軽に談笑できたり、同じ趣味を持つ人がその友人をまた連れてきたりと、自然と「人の輪」が広がるような「場」というものが存在します。

もちろん家主が「誰とも会いたくない」と考えてしまっていれば、そのような環境をつくることは難しいのですが、「人と関わる」ことで私たちはさまざまなことに思いを巡らせます。「人に見られても恥ずかしくないような服を着よう」だとか、「家をキレイにしておかないと」ということです。そのような思いは「何かをしよう」という「行動」の「きっかけ」になるのです。人とのコミュニケーションは、私たちにさまざまな「こうしよう」を提供してくれるのです。「明日が来るのが楽しみ」ということです。

そのような状況になれば、不思議と衰えも鈍化します。誰かと関わっていること、何かと関わっていることで、若くいられるということがあるものです。そのための「場」として、自分の住んでいる住居が発展すれば、肉親も安心です。何かあったときに知らせてくれるだれかがいたり、ひとりでは出来ないようなことを手伝ってくれるだれかがいたりすることは、家族にとっても安心できることでしょう。そのような状況、関係をどのようにつくり上げるのかも大切ですが、まずはコミュニティの中心となる「場」として、住居を誰もが過ごしやすい状態につくり上げることもいいのではないでしょうか。

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